教える事と知識の共有(シェア)、アウトプットについて

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ヴェーダーンタの勉強会は私にとって大切な学びであり、楽しみであり、主催は楽ではないけれど学べることが多いので有難くさせて頂いています。

時々言われるのがヴェーダーンタの勉強会は難しくてよくわからない、初心者には難しいという言葉です。私自身学びの初心者であり、わからないことが多く、それでも理解したいから学びたいと思っています。また、そう感じている方が他にもおられるのではないかと思い、先生にお願いした事から勉強会が始まっています。

スタディグループやクラスで学んだことをシェアする事があります。
タイトルでいう知識の共有(シェア)です。

その時、私は「先生」ではなく学んだことをシェアしているにすぎません。いつもお伝えするようにしています。勉強会とスタディグループの両方にご参加の方はご存知と思いますが、私が知識のシェアをする時は例え話まで先生が仰ったことをそのままお伝えしています。ニュアンスも出来るだけズレないようにしています。そして自信がないと少しでも感じたら話さないようにして、必要な時は先生に質問します。

時々「ギーターやヴェーダーンタを教えてください」と言われる事があり、毎回「私にはできません。きちんとした先生から学んでください」とはっきりお断りしています。学びたそうにされている方には勉強会をお知らせしたりはしています。きっと正しく教える事ができる「先生」から学んだらこの意味はわかるのでは?と感じています。

何が言いたいのかというと「share」と「teaching」は違うという事です。

では先生しか教えられないなら知識の共有は時間の無駄なのでしょうか?

1回で聞いた事を全て理解して自分のものに出来る方は不要かもしれませんが、凡人の私にはできません。理解が極端に早い方ではなく、一度噛み砕いて考えて考えて飲み込んでみてようやく質問が出るタイプです。その場でどんどん質問していく人達はすごいなぁといつも感じています。また、月に2回だけの先生のクラスだけでは私の頭では到底理解が追いつきません。

私のように言語化の瞬発力が高くないタイプの人間は仲間内で知識の共有をすることは確認にもなり、学んだ事をアウトプットをする事は非常に良い学習方法ではないでしょうか。アウトプットをする事で定着していく事はもう常識に近いくらい知られている事です。ヴェーダーンタやサンスクリットに限らず、アウトプットは学びに必須だと感じています。

先日古本屋でこんな本を見つけました。


パラパラと眺めただけですが、精神科医の方がアウトプットに特化した本を書かれているようです。学びの為のインプットとアウトプットの比率は3:7が理想だそうです。だとしたら殆どの人はアウトプット量が足りないのではないでしょうか?アウトプットしましょう!

ヨーガ講師になる気が無かった時に言われたのは大先輩方から「した方がもっと学べるよ」という言葉がきっかけでした。私にとって学ぶ事は重要事項なので「じゃあやってみようかな」と重い腰を上げたのを思い出しました。教える事はアウトプットの最たるところではないでしょうか。
(ややこしい事にここでは教えると書いていますが、シヴァーナンダヨーガについてはディプロマをいただいており、Teacher of Yogaと書かれています)

勉強会のスタディグループは有志で小さく行っています。アウトプットしてみたい方も、確認したい方も、様子を伺いたい方も、勉強仲間作りにもお気軽にご連絡くださいませ。