祝福を体感するようなこと

祝福って言葉はよく耳にしても、本当の意味で理解しているかという自信を持って言えません。でもそれを体感できるような投稿をシェアします。

instagramで仲良くしてくださっている、私がリスペクトしているお一人でもある先輩コーラム描きさんの投稿です。

このシェアについては投稿主であるSumathy Ramalingamさんに直接許可を得ており、写っているダンサーのご両親にも彼女が許可を得てくださっています。直接の転載はご遠慮くださいませ。

まずは写真だけご覧ください。

何もわからなくても、この写真だけでも美しいですね!

この写真はペーストコーラムの前で少女がバラタナティヤムというインドの伝統舞踊を踊っているところです。

そしてダンサーである少女はSumathy Ramalingamさんがコーラムを描いていることを知らなかったそうです。でも、この美しいコーラムを見つけて、その前で踊り出したのだとか。しかもただ踊るのではなく、それはそのコーラムを眺めてその表現から生まれたものでした。

コーラムが単なるお絵かきや美しい模様ではなくお祈りであるように、バラティナティヤムも単なる踊りではなくお祈りです。

写真を撮るために狙って用意されたものではなく、自然に生まれたこの見事なコラボレーション。

コーラムもバラタナティヤムもお祈りであり、その道の人が自然に捧げることができるから成り立つことでは?と感じました。

日本では起こりえない奇跡のような一幕です。

そしてここで終わりません。
全ての写真をめくって最後までご覧になってください。

踊る少女とコーラムの写真はわずか5分で撮り終え、その後雨が降ってきてコーラムが溶けて流れていったそうです。これもただ消えてしまったのではありません。

コーラムは次の形へと姿を変えていき、この宇宙の一部として巡っていくことになります。

お米の粉を溶いたもので描かれていますから、植物の栄養になるかもしれませんし、昆虫が食べるかもしれません。環境やその循環に思いを巡らせて行ってしまいます。

この瞬間の美しいコラボレーションの話をinstagramで知った時、想像しただけで感動しました。

英語を読める方は是非原文でご覧になってください。

言葉にしきれない美しさというのでしょうか。


私の文章力が至らないだけですが。

実際にその場にいたら地面に描かれた祈りの具現化のように感じるかもしれません。お祈りや表現が複層になって全てのレイヤーが素晴らしいタイミングで現れているような気もします。狙って行った踊りではここまで見事なコラボレーションにならなかったことでしょう

吉兆、祝福、そういう言葉の意味の理解に繋がるような気がする出来事ですね。

こんなことが起こり得るヒンドゥイズムの文化の素晴らしさを改めて感じた投稿でした。

Sumathy Ramalingamさんとダンサーの姪御さんに感謝いたします。シェアの許可をくださったこと、そして何より素晴らしい投稿を見せてくださってありがとうございます。