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サンスクリット

ヴェーダーンタキャンプ

時々アウトドアのキャンプをイメージされるので簡単に説明を書いてみることにしました。また、ヴェーダーンタを学びたいと思う方にはいつか参加してみていただきたいなと思い書いてみます。

写真はマンジャクディでのヴェーダーンタキャンプの時の牛さんのお散歩を眺めている時のものです。お気に入りの写真です。

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チャリタブル・ヴェーダーンタの初日を終えて

今日はチャリタブル・ヴェーダーンタ勉強会@大阪の初回でした。 37名の方がご参加くださいました。 皆様が色々助けてくださり、無事終える事が出来ました。 ご協力ありがとうございます。 講義をざっとあらすじで振り返ってみます… 続きを読む »チャリタブル・ヴェーダーンタの初日を終えて

チャリタブル・ヴェーダーンタ勉強会のお知らせ

《 更新情報 》 2018/8/10 教科書に「サンスクリットの祈りの詩説集」を追加しました。 8/19又は9/1以降、使用する教科書となります。 チャリタブル・ヴェーダーンタ勉強会 講師:MedhaChaitanya … 続きを読む »チャリタブル・ヴェーダーンタ勉強会のお知らせ

煙噴く脳内ヨーガ

中途半端に器用な人がいますが、まさに私はそのタイプです。中途半端に器用だから学校の成績は良い方でした。勉強をやめてデッサンに集中する事に決めた高校の数学とかは常に赤点でしたが。

「何でも器用に出来て良いね」と言われてきましたが、自分の才能がずっとわからないまま子供時代を過ごしていて本人としてはそれが不満でした。一つ決めたら良かったのですが、それも出来ない中途半端さでした。どれをしてもそれなりに出来てしまうのですが、だからといってずば抜けて突出しているわけでもありません。そんな自分にいつもどこか不満を抱いていた気がします。思えば自分の能力をしっかり使う方法を知らなかっただけなのですが。

十代後半になるとすぐにうまく出来ない事に魅力を感じる様になりました。大学で彫刻学科を選んだ理由は自分が彫刻が一番得意ではないと感じたからです。何故そんな事をするのかというと学ぶプロセスや達成感、学びというものをしっかり味わえるからなのかもしれません。得意な事を一つしぼってコツコツすればきっと人生はもっとイージーモードだったとは思いますが。笑

突然何かの回路に繋がったり、思い出すかの様に理解して、何よりその先に進んでいけるのは嬉しい事です。私にとってそれがヴェーダーンタを学ぶ事であったり怪我やら色んな不調でかたくなってしまった体にはアーサナが良かったのかもしれません。そう思うと失ったり得意でないという事も悪くありません。そして今はサンスクリットがまさにそれです。毎回クラスで頭から煙噴いてます。でも日々読めるようになっています。

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