「10月はたそがれの国」
しなくてはいけない事が山積みの時でも読書を止めるという事はしたくない人です。効率を考えると学んでいる関係の本を読むとかにしてエンターテイメント的な小説を読まないようにすれば良いのかもしれませんが、それは私には難しい選択です。自分の年代が移り変わっていっても変わらず読み続ける作家というのが本好きな人であればあるのではないでしょうか。私の場合10代後半の頃から読み続けている作家がいます。その内の一人がレイ・ブラッドベリです。
しなくてはいけない事が山積みの時でも読書を止めるという事はしたくない人です。効率を考えると学んでいる関係の本を読むとかにしてエンターテイメント的な小説を読まないようにすれば良いのかもしれませんが、それは私には難しい選択です。自分の年代が移り変わっていっても変わらず読み続ける作家というのが本好きな人であればあるのではないでしょうか。私の場合10代後半の頃から読み続けている作家がいます。その内の一人がレイ・ブラッドベリです。
冬に向かうこの季節はヴァータが上がりやすい季節です。
身内にはこの季節に調子を崩しやすくなる人もおり、友人知人も似た事を言っている人も多いです。アーユルヴェーダ的に見なくても冬は日照時間も減っていくので鬱病が増えると言われていますし、実際脳内のセロトニンの量も少なくなるそうです。
秋冬に気持ちが沈みやすかったり精神的に良くない状態になる方に大切なのはきっちり朝に光を浴びる事は勿論ですが、セロトニンを増やす生活です。私は医者でも無いのに偉そうに書いていますが、私自身が過去に秋冬に調子が悪くなる人だったから経験に基づいて書いています。
光を浴びるのは散歩でも庭仕事でも何でも良いのですが、ウォーキングの様な一定のリズムが続く事はセロトニンの量を増やす事に繋がるので効果的です。
気にしない人にはたいした事ではないけど、気になる人には大きな「古本で入手した煙草の臭い問題」の解決法です。 かなり前、シヴァナンダヨーガの大先輩から「ヴィシュヌデーヴァーナンダジ以外でアーサナの事についてなら他にはアイア… 続きを読む »古本の煙草の臭いのとり方
セレンディピティと断捨離って対義語?ってくらいに質も響きも見た目も違います。
【セレンディピティ】
ふとした偶然をきっかけに、幸運をつかみ取ること。【断捨離】
不要な物を減らし、生活に調和をもたらそうとする思想。
意味を見ても全く質の違うものの様な気がします。でも結果は幸運と調和なので良いですね。
何より私は元々断捨離が苦手でした。何でそんな勿体ない事をするんだと思っていたのです。これは物を捨てられないというよりも大切な化学変化の可能性を捨ててしまうのか、と。
私は女性らしい持物、例えば服やバッグやコスメはそれはもう平均より持っていない方ですが、元々ものづくりをする人だったので何かと物が多いのですね。材料に石に布にレザーに工具にパーツに…。また、インスピレーションを与えてくれる本、画集などなど。でも別れを告げたものや充分お役目を果たしたもの、使い切れないものの断捨離を始める事にしました。
中途半端に器用な人がいますが、まさに私はそのタイプです。中途半端に器用だから学校の成績は良い方でした。勉強をやめてデッサンに集中する事に決めた高校の数学とかは常に赤点でしたが。
「何でも器用に出来て良いね」と言われてきましたが、自分の才能がずっとわからないまま子供時代を過ごしていて本人としてはそれが不満でした。一つ決めたら良かったのですが、それも出来ない中途半端さでした。どれをしてもそれなりに出来てしまうのですが、だからといってずば抜けて突出しているわけでもありません。そんな自分にいつもどこか不満を抱いていた気がします。思えば自分の能力をしっかり使う方法を知らなかっただけなのですが。
十代後半になるとすぐにうまく出来ない事に魅力を感じる様になりました。大学で彫刻学科を選んだ理由は自分が彫刻が一番得意ではないと感じたからです。何故そんな事をするのかというと学ぶプロセスや達成感、学びというものをしっかり味わえるからなのかもしれません。得意な事を一つしぼってコツコツすればきっと人生はもっとイージーモードだったとは思いますが。笑
突然何かの回路に繋がったり、思い出すかの様に理解して、何よりその先に進んでいけるのは嬉しい事です。私にとってそれがヴェーダーンタを学ぶ事であったり怪我やら色んな不調でかたくなってしまった体にはアーサナが良かったのかもしれません。そう思うと失ったり得意でないという事も悪くありません。そして今はサンスクリットがまさにそれです。毎回クラスで頭から煙噴いてます。でも日々読めるようになっています。
目から鱗が落ちる経験は幸いながらこの数十年で何回か経験してきたけれど、先日もぽろっと落ちたそんな日でした。 有り難い事にサラッスヴァティーのプージャや講義に友人と一緒に参加させていただく事が出… 続きを読む »落ちた鱗の灯火が

昔、ある建築の先生の講義が非常に難しく、終わった後は皆目が点になっていたのを覚えている。「先生…、私達は建築科じゃないからもっと基本的な事を知りたいのですが」と嘆く生徒達に対して「細部がわかれば全部わかるから」と毎回細かい部分を話されていた。
今思うとあの細かさはあの学科にはやっぱり必要ではなかった気もするけれど、あの内容を理解出来たら全部理解出来ただろうなとも感じる。細部に宿るじゃないけれど、細部ってとても大切。
その細部よりもう少しひいて見たらそうでもなくなるのよね。これはカメラのピントによく似ている。
少し前の話になるけど、9/8、9/9と太陽フレアのせいにしたいくらいに眠く怠い日が続いたので庭仕事に集中していた。
庭仕事はヴァータ・ピッタ・カパともに非常に良いとされている。ヴァータ的な人の足を地につけ、ピッタ的な集中力を思う存分発揮出来、カパ的な人には運動にもなる。個人的には庭仕事をしているとストレスは消えて行くし、動けない時は動かしてくれ、動きたい時はそれを受け止めてくれる非常に有り難い存在。